伊藤園 お~いお茶新俳句大賞
第三十六回
審査員賞
いとうせいこう選
怒りすぎみかんを七個食べただけ
七房でなく七個。九歳にしてはまあまあ食べたかな。でもそんなに怒るなんて余裕がないよとニンマリ笑う。とぼけた俳味と、大人をさっと斬る鋭さとを兼ね備えて、なかなか苦い句でもある。
夏井いつき選
にぎわいの海に自分の浮き輪一つ
「自分の浮き輪」を砂浜から眺めているなら、うっかり波に攫われた浮き輪です。が、「自分の浮き輪」の中に自分がいるという解釈も可能。海水浴客が集う「にぎわいの海」の小さな孤独が、夏の季語「浮き輪」によって表現された印象的な作品です。
神野紗希選
期末試験ひなたぼっこの猫おはよう
等身大の言葉がいきいきと語りかける親しさ、すこやかで眩しいです。日向の猫にも挨拶して、ほがらかな朝の登校。試験を前に緊張せずのびのびしているのが、軽やかで新鮮でした。試験が終われば冬休み。そんなわくわくも弾みます。
宮部みゆき選
玉入れの玉入れすぎる保護者たち
長かったコロナ禍がようやく明けて、四年ぶりの運動会だ!保護者の皆さんはもう腕が鳴っちゃって、かごから玉が溢れるほどどんどん投げ入れちゃう!やめてよ、もう~と子供たちも大笑い。紅が勝っても白が勝っても、なんて幸せな景色なんでしょう。
金田一秀穂選
六月の朝の重さのパンケーキ
6月の朝の重さ、というのが上手い。軽さではない。パンケーキと6月の朝の重さのとり合わせがいいな。
堀田季何選
オーブンとミトンとわたしとシュレディンガー
「ある物事が決まるまでは“同時に両方の状態”」という「シュレディンガーの猫」の話のように、オーブンをミトンの手で開けて出来を確かめるまでの緊張と興奮を見事に表現しています。「と」の連続が印象的です。
安西篤選
仮定法ばかりの悩み青りんご
「もし」「たら」「れば」のつく、まだ起ってもいない仮定法の問題と、どうしようかと思い悩むことってありますね。青りんごのような青春時代はなおさらに。でもそんな思いに悩むのも青春の特権なのかもしれません。青りんごの喩えがうまいですね。
浅井愼平選
あの負けを肴に友と集う夏
高校時代の思い出だろうか。あの頃の純粋な戦いの思い出は生涯のかけがえのない事柄。熱く、深く、懐かしく。