伊藤園 お~いお茶新俳句大賞
第七回
文部大臣賞
春あけぼの三千グラムの大欠伸
楽しみは、仲間との碁打ちと妻との俳句創作。雑誌や地元新聞などによく俳句を投稿しております。今では妻の方が入賞回数が多く、“出藍の誉れ”など負け惜しみを言っております。入賞作品は、四十年前、生後一ヶ月でこの世を去った我が子への想いを詠みました。初めて我が子を抱いた時の平和な温もりと、生きる意志を表明するかのような、元気一杯のおおあくび。今でも脳裏に鮮明に焼き付いています。以来子供には恵まれませんでしたが、甥や姪が我が子以上の存在となりました。
三千グラムというのは、生れたばかりの赤ちゃんの体重。万物に精気の充ち溢れる陽春の明るい朝の大気の中で、精一杯両腕を広げ大きなあくびをしている小さいながら頼もしい幼児の姿に、見守る人びとの顔が一斉にほころびる。まるで大欠伸そのものも三千グラムありそうだ。生命賛歌のすばらしい句である。
小学生の部大賞 (幼児含む)
しんぞうがぼくよりさきに走ってる
生れて初めてのマラソン大会に出場しました。とってもドキドキして、スタートラインについたときは心臓が飛び出しそうでした。クラスでみんな先生と交換日記をしていて、この俳句を書いたら、先生が新俳句大賞に出してごらんといったので応募しました。
スタートラインに並んだ小学生。ピストルをかかげた先生の「用意!」の声に皆が耳を澄ます一瞬。心臓の高鳴りがドキドキともう僕の体より先に駆け出してしまった感じ。競争前に緊張の様子が素直に、そして見事に描けています。
中学生の部大賞
生き物がみんなムニャムニャ春の声
厳しい冬が過ぎて、ようやく春の気配を感じたとき、蛙や熊やいろんな動物が冬眠から覚めてくるでしょ。私も朝はムニャムニャしてるから、生き物もみんなムニャムニャ起き出して来るんだろうなと思って作りました。草や木の芽や人間まで、きっとみんなムニャムニャしてると思います。
春先は、生き物すべてが大らかである。ムニャムニャという擬音が、いかにもそれらしいのだかな声を表現している。いや、ムニャムニャの感じが、ひょっとしたら春の声なのかも知れない。生き物と書き出したのがよかった。人間を含めあらゆる生き物の生態がユニークに表現されている。
高校生の部大賞
麦秋や明日はきちんと愛告げる
ちょっと恥ずかしいんだけど、この句は自分のことです。麦秋としていますが、本当は去年の十月に作った句です。学園祭に俳句を作るコーナーがあって、その時の自分の気持ちを素直に書きました。結局まだ伝えてはいませんけど。受賞の知らせを聞いたときは本当にびっくりしました。
太陽は輝き、麦の穂は黄金に実る果てしなく明るい五月。ゴッホの風景のようなこの頃になると、少女の心もまだ明快で積極的となる。そうだ、明日こそはこの胸の中をハッキリあの人に告げねばと心に決める。麦秋の季語が生きているさわやかな句だ。
大学生・専門学校生の部大賞
歌詞忘れ終わらぬままの手毬唄
家のすぐそばで、近所のこども達が「アンタガタドコサ…」と歌っていたのですが、最後まで歌い終わらず、はじめの部分だけを繰り返しなんどもなんども歌っていました。歌詞を忘れて仕方なく繰り返しているのかなって考えたらおかしくって。俳句は大学の授業にあるのでよく作っています。
歌詞を忘れて、途中から前節のことばがまぎれ込み、いつまでたっても終わりの来ない手毬唄にアレレという感じ。好きな歌なのになあと気にかかってしかたがないが、まあいいか。作者はくり返しながらも手仕事の手だけは休めない。
一般の部A大賞 (40歳未満)
新じゃがに似たる子の顔なでている
六歳になる私の息子が、それはげんきがよくって、いつも近所を走り回って真っ黒になって遊んでいます。ぷくぷくしてすべすべの顔は、若くて瑞々しい新じゃがの様です。よく顔を撫でまわしてふざけているんですよ。それにしても私が大賞を受賞したなんて嘘みたいですね。
子どものはち切れそうな健康体は、まるで、あり余る日光と新鮮な水と空気に恵まれて太り育った、掘りたての新じゃがそっくりではないか。頰っぺたをなでさすらずにはいられない親ごころが如実に伝わってくる。
一般の部B大賞 (65歳未満)
雪ばかり見て何もせず誕生日
俳句を習っておりまして、普段から季節感を大事にしながら俳句をしております。新俳句大賞は師に勧められて今回初めて応募しました。私の住んでいる千葉県は、滅多に雪が降らないところなものですから、二月の誕生日、家事のことを忘れて、終日ぼーっと雪を眺めておりました。
もうそんな年か、というだけで、それといった感懐もない四十九歳の誕生日。戸外はいちめん雪景色。降りしきる雪を眺めながら、「今日はゆっくりしていよう」と考える。言葉では語れない、平凡だからこその幸せがそこにある。
一般の部C大賞 (65歳以上)
肩書のとれて大きな夏帽子
町内の役員をしておりましたが、ようやくその仕事から放れ、ほっとした気持ちで妻と旅行に出かけました。初夏の日差しを、いっぱいに照り返した妻の大きくて真っ白い帽子に、しばらく忘れていた開放感とささやかな幸福を感じました。この度は大きな賞をいただき、ありがとうございました。
定年をむかえ、肩書きも無くなった伸び伸びとした自由な暮しである。ちょっぴり寂しく、ちょっぴり退屈でないこともないが、やりたいことはうんとある。時間もうんとある。大きな夏帽子が、そんな気持と健康をうまく象徴している。
英語俳句の部大賞
in the small field
chestnut horses everywhere
dancing in the rain
訳/ 小さな野原の何処にも栗毛の馬が雨に踊っている
リズムの美しさ、素直な詩情を、ピーターセンさんが特に推奨されたもの。今回の大賞作者も十歳で、嬉しい驚きです。意訳(馬出しや踊る栗毛に雨そそぎ)には『厩出し』の季語を加えてみました。雪国で、春に入ると牛馬を厩からひき出して野に放つことを厩出しと言います。長い冬を暗い厩で過ごした牛馬にとっては大変うれしいことなのです。(竹下流彩)