ギャラリー

大胆で刺激的な発想力が面白い

審査に長くかかわられた結果、新俳句とはどんなものだと感じますか。

吉行:俳句雑誌に載っている俳句はつまらない。

いとう:言っちゃったけど、ほんとうにそうなんです。僕らは選ぶとき、ものすごいたくさんの俳句を渡されて、短い時間で選ぶ。そのおかげでいい句は目に飛び込んでくるところがある。俳句雑誌などでそういう経験はない。なんだこれ、見たことのない語順だったり。第三十回で文部科学大臣賞を受賞した句のヘルスメーターもそう。猫の載る、ヘルスメーター。なんだこりゃって。文化の日って、なんだこれって。その取り合わせは見たことがない。実はごく簡単な日常の句のようだけど、見たことがない句だし。ヘルスメーターで7文字使ってしまう、ある意味、俳句としては大胆なやり方。猫が載ってる、ベローンとした、抜けた感じも出ているから、どこまでを作為としているかわからないけど。少なくとも新鮮。

吉行:文化の日が季語。猫が好きだったのね。

いとう:あれが敬老の日だったら、ちょっと面白くない。老いた猫か、りくつになっちゃう。よく文化の日を選んだなあ。皮肉にもなっているんですよ。ヘルスメーターのようなものをありがたがっているけど、体重なんてたいしたことないじゃないか。いろいろなことがわかる、俳句の俳味があるんですよ。可笑しみとか、ユーモア。

吉行:絵としても面白い。

いとう:たぶん、ヘルスメーターよりも大きい猫で、ベローンとでちゃっているんでしょうね。絵が思い浮かびます。そういう意味で新俳句は斬新のような気がします。

審査で、良い新俳句に出会ったとき、どんなお気持ちになられますか。

いとう:吉行さんはご自身でも新俳句をつくっていらっしゃるから。

吉行:遊びでやっていますが、なかなかできるものではないです。金子さんの教えが身についているので、きれいな言葉をつづってしまうのはだけはよそう。句会で馬鹿にされてもいいので、自分らしい句を詠もうと思っています。上手になろうとは思っていません。上手な方の句を見ても同じように作ろうとは思わない。違うのを作ろう。

金子兜太先生から、ご自身が得られた事や、影響としてはどういったものがございますか。

吉行:こんなにストレートに意見を言える人がいたことに驚いた。偉い人なのに、まったく偉ぶらない人がいることに感激した。気にしないで側にいられる。金子さんのような人はちょっといない。どんな人でも同等に扱ってくれた。役者の場合、芯から信じられない。

いとう:そうか、役者ですものね。

吉行:素敵な人、尊敬できる人はいましたが、金子さんのような人は初めて。

いとう:ここに来るのは、金子さんと森さんの戦いを見るのが楽しみだった。刺激を受けに来たし、見に来ていた。しばらく休んでいた時期、皆に会えなくて寂しかった。それで金子さんが呼び戻してくれたのではないかと思う。そのときは森さんが亡くなっていたが、それでもまたここにいられるし、寸評が聞ける、みんなの平等な話し合いが聞ける。それは自分にとって大事な時間。呼び戻されて嬉しかった。素人は、なんとなくバランスがとれた、よくできた句を取りたがる。そうすると、金子さんが小さい声で「いとうせいこうもあんなのを取るようなったか」と結構攻撃してくる。それであたり前の句をとっちゃったと思った。金子さんを見ると、わけのわからない、びっくりするような斬新で不思議な句「ががん、ぎぎんと風が吹く」を選んでみせくれた。これが本当の俳句なんだと思った。教育です。教育をするようなそぶりはまったくしてない。人を冗談で攻撃してみたり、お茶目にやっているけど、最終的にはみんなにとって勉強になっている。そういう会なんですよ。

吉行:私は金子さんの隣に座らせていただきましたが、金子さんのちょっとした言葉が役に立った。感覚が伝わったことが嬉しかった。隣にいるのが嬉しかった。

いとう:隣にいたので、金子さんが何を話しても聞こえた、最高ですよね。

応募者の多くが小中高生だとお聞きしております。この現実についてどうお考えですか。

いとう:伊藤園が小学校にプロモーションをしかけたことで小学生の詠手が増えていった。最初からマーケティングだけが目的ではなく動いていたと思います。その積み重ねか、あるときから小中学生が素晴らしい俳句を作るようになっていった。僕が戻ってきてからですが、小中学生の句が面白くてしかたがない。その発想力に大人はかなわない。もしかすると俳句は子どものものなのかも。そうだとすれば、歳時記を覚えている必要はむしろない。それは金子さんも考えていたのかもしれない。

吉行:30代、40代の方たちが沈んでいますね。

いとう:そうですね、あたり前の句が多い。

吉行:やっぱり疲れちゃっているのかしら。なかなかいいものがない。

いとう:よくあるやつがある。常識に染まっている。上手に詠もうと思うとああなっちゃうのかね。

吉行:元気がないから、自分から出てこない。

いとう:外からの言葉で詠んじゃう。

吉行:ご高齢の方はどきどき面白い句を作る。

いとう:そうそう。めちゃくちゃ研鑽してきた後、ようやくまた自由になれる。そういう厳しい世界ですね。